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花のほほ笑み

  『セラ』……

 ― ― 「最初に好きになったのは、私をそう呼ぶ あの人の声だった」― ―
 ― ―「指導者に相応しい、凛とした良く通る声」― ―。

 

 月色の塔の昼下がり。
私は奥方様の部屋へお茶のお相手に参じている……。

 今日は、いつになく楽しげな様子で、お身体の具合も良さそうだ!

 「私は、あの人、ラファエルの沢山いる助手の一人だったの!
だから見えるのは、いつも彼の背中ばかりで……随分経って、振り返った時に
『何だ!お顔も声と同じように素敵だったのね!』って思ったくらい!」

 『奥方』と呼ばれるその方は、私の前でそう言うと、二コリと微笑んだ。 

 私を作ったその方は、月下美人の白い花のように清楚で美しかった。
しかし、一晩で散るあの儚い花のようであって欲しくはないと心から願う!

 「ザクロちゃん?」
私の様子に奥方様が心配そうに、お顔を近づける。
 

 

 私は明るさを装って精一杯に嘘をつく。
 「奥方様……ラファエル主任は、奥方様の御病気を治す薬を研究中なのです!
ですから、今はなかなか会いに来られませんが、いつも奥方様を気にかけてらっしゃいますよ?」

 「そう?ありがとう!嬉しいわ」

 ノエル様が育てたハーブを使用した、極上のハーブティーを淹れながら
柔らかく笑う。首を少し傾いで、涼やかな瞳をニコリと折りたたんで…。

 『ありがとう』……とは、どういう意味だろう?

 きっと奥方様は分かっておられるのだ。何もかも!
ラファエル主任や、御自分の事……。
私のヘタな嘘も、お見通しで……それでいて問い質すでもなく、ただ、微笑んでいて下さる。

 

 ― ― とても……賢い方だから― ―

 

 「ザクロちゃん!お茶、冷めないうちに飲んで?」
 「はい!おいしゅうございます!おいしゅうございます!」

 「ふふ!まだ飲んでないわよ?」
 「いえ……香りがすでに絶品なのです!」

 

 遠くから元気な足音が近づいて来た!
 「ただいま~~!何だ!ザクロ?」

 

 帰って来たノエル様が、明らかに煙たそうな顔をした!
後はノエル様にお任せして、私は退席しよう!
 博士も、じきに帰宅なさるだろう……。

 「待って!ザクロちゃん!雨のにおい……」

 外から帰られたノエル様が、その身に雨の匂いをまとっておられた。
 

 「ああ…少し降り始めたみたいだね!」
本格的に降られなかったノエル様は『助かった』、と言わんばかりに窓の外を眺めた。

  厚い雲が低く垂れこめ、月色の塔をのみ込んでいる!

 「ザクロちゃん、お使いを頼んでもいい?」
 奥方様の手には傘が握られている。

 「これを……ミカエルに!」
 「了解いたしました!」

 私は傘を受け取ると、嬉々として博士のお迎えに行く!

 奥方様の役に立てるなら、どんな小さな事でも嬉しかった。

 私は、前方に奥方様の面影を湛えた博士を見つけて駆け寄った!
手には宝物のように傘を抱えて……。

 6月の『父の日』と呼ばれる夕暮れ時の事だった。

 

 

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